団体紹介

今別町には荒馬を盛り上げている主要3団体があり、各団体で継承されている3つの荒馬はいずれも青森県の無形民俗文化財に指定されています。今別地区で勇壮な荒馬を継承している「今別荒馬保存会」。大川平地区で重厚感と革新が合わさった荒馬を継承している「大川平荒馬保存会」。大川平荒馬の分派だが昔ながらの地域の荒馬を継承している「二股荒馬保存会」。それぞれに特徴的で素敵なストーリーがあります。

今別荒馬保存会

今別荒馬保存会の歴史

今別荒馬保存会の歴史は江戸時代まで遡ります。今別荒馬は田植えが終わり、田の神が天に昇るとき、農民が神に加護と感謝を祈るため催されます。神送り、サナブリ(早苗饗)の行事として伝わってきました。青森県津軽地方のサナブリはボーの神と呼ばれる男女二体の藁人形を先頭に、太刀振り、傘鉾、サラ、荒馬の順序で、笛、太鼓のはやしに送られて村中を練り歩き、のち鎮守の森の木に藁人形をかけて帰ったと言われています。

いまべつのネブタ祭りに二頭の荒馬が各戸口で踊り、その後に花笠、赤ジュバンの踊り子はネブタばやしおもしろく、踊りながら続いて町を練り歩いていました。現在では、荒馬・手綱がペアとなり、複数組が隊列を成し、笛や太鼓のはやしに合わせて舞い、そのまわりを囲むように跳人(ハネト)が跳ね回る形態となっています。

今別荒馬保存会 歴史

今別荒馬保存会の特徴

1980年に東京民族舞踊研究会(以下、「民舞研」)が初めて今別町を訪れ、荒馬を体験。訪問メンバーであり研究員であった故・平野正美氏や故・藤井千鶴子氏らの熱心な活動により、少しずつ荒馬の知名度が上がっていきました。

また、現民舞研代表である園田洋一氏が校長を務めた、東京都和光鶴川小学校をはじめとする教育機関では、荒馬を地域教育の教材として取り入れられました。

そして2003年、青森県の無形民俗文化財にに指定され、全国のお祭り・イベントから声がかかるようになり、今別荒馬のPRに勢いがつきました。2006年からは、先述の和光鶴川小学校、系列校の和光小学校の生徒・保護者の方々が実際に訪町し、今別荒馬を本場で体験しに来るようになりました。今では毎年数十名規模で荒馬まつりに訪れ、今別荒馬保存会と交流しています。

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今別荒馬保存会の特徴

大川平荒馬保存会

大川平荒馬保存会の歴史

大川平荒馬は、昔のサナブリの行事つまり田植えが終り、田の神が天に昇るとき、農民が神に加護と感謝のために催される神送りの行事として伝わってきたものです。 大川平荒馬保存会が伝える荒馬の由来は古く、天正13年頃大浦為信が津軽を統一して藩の経済を保つため、馬と農耕と結びつけ農作物の増収を図ったことが起因であろうとされています。

それまで未開の山野だった土地を汗とほこりにまみれながら、数少ない馬を頼りとして馬とともに切り拓いてきた農民達にとって馬は宝であり、そうして大事にされ苦労をともにしてきた馬の働きと、勇壮な馬の姿を現し踊り継がれてきたのが現在の「荒馬」であると言われています。

大川平荒馬保存会の歴史

大川平荒馬保存会の特徴

少子高齢化の影響により大川平荒馬の担い手が減少し、存続の危機に立っていた2000年に、京都の大学の伝統芸能サークルの学生数名が大川平地区を訪れ、大川平荒馬を教わりました。突然の学生たちの訪問に、当初地元住民は困惑しましたが、宿がない学生たちを自宅などでもてなし深い交流をしました。

そのことをきっかけに、それ以降毎年県外から多くの大学生等が大川平荒馬に関わるようになり、学生たちが荒馬を教わると同時に地元住民に荒馬の素晴らしさを伝え続けた結果、地元も「学生たちがこんなに頑張っているんだから自分たちも」と奮起。現在に至るまで盛んに荒馬の継承が続いています。

学生たちは大学卒業後も大川平に通い続け、当たり前に「ただいま」「おかえり」と言い合える深い絆で結ばれた関係人口となり、荒馬が縁で結婚した学生たちが子供を連れて訪れるまでになりました。

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大川平荒馬保存会の特徴

二股荒馬保存会

二股荒馬保存会の歴史

二股地区は大川平地区に隣接した山間部で、大川平から分家した人々が切り開いた土地であり、二股荒馬も同様に大川平荒馬の分家のような形で始まりました。

山を切り開く開拓作業から開拓後の農作業等において、馬は非常に貴重な資産であり、大川平地区以上に馬が身近な存在だったのかもしれません。二股地区は農業(稲作)のみならず林業も盛んだったので、切り出した木材を山から運び出す力強い馬が必要だったと思われます。

そんな二股地区の荒馬は大川平荒馬の昔ながらの振り付けを現代に伝えています。大川平荒馬や今別荒馬はイベントや舞台等への出演機会も多く良い意味でショーアップされていますが、二股荒馬は地区内でのみ運行されるため、伝統的な地域内のお祭りとして現代に継承されています。

二股荒馬保存会の歴史

二股荒馬保存会の特徴

地区の少子高齢化及び担い手不足により、二股荒馬は2000年代初頭から運行ができない状態でした。

しかし、2016年に北海道新幹線「奥津軽いまべつ駅」が二股地区に開業するにあたって、地元である二股地区から盛り上げていきたいという機運が高まり、10年以上振りに二股荒馬は復活し、少人数ながらも地区の伝統として荒馬を継承しています。

毎年お盆に開催される地区運行では必ず奥津軽いまべつ駅でも演舞し、観光客等の目を楽しませています。

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二股荒馬保存会の特徴